2017年に大型時代劇映画が、「忍びの国」「関ヶ原」と上映されました。時代劇映画の退潮がハッキリしてきた今年は非常に時代劇旋風が起きています。

  映画を見てきた感想やレビュー、あらすじ等を詳しく書いていきたいと思います。

原作・監督・脚本

原作:司馬遼太郎

1923年大阪生まれ。大阪外国語蒙古学科卒。産経新聞文化部に勤めていた1960年

「梟の城」で直木賞受賞。以後、歴史小説を一新する話題作を続々と発表。

1996年に「竜馬がゆく」「国盗り物語」で菊池寛賞を受賞したのをはじめ、

数々の賞を受賞。1993年には、文化勲章を受章。”司馬史観”と呼ばれる自在で明な歴史の見方が絶大な信頼をあつめるなか、1971年開始の「街道をゆく」などの連載半ばにして、1996年に急逝。年72歳。

「司馬遼太郎全集」(全68巻)がある。

 

監督・脚本:原田眞人

1949年、静岡県沼津出身。黒澤明、ハワード・ホークスといった巨匠を師と仰ぐ。

1979年 「さらば映画の友よ」で監督デビュー

1995年 「KAMIKAZE TAXI」はフランス・ヴァレンシエンヌ冒険映画祭で准グランプリ及び監督賞を受賞

1999年 社会派エンターテイメントの「金融腐蝕列島[呪縛]」

2007年 「クライマーズ・ハイ」

2012年 「わが母の記」はモントリオール世界映画祭で審査員特別グランプリ

〃   「初秋」はモンテカルロTV映画祭で最優秀監督賞を受賞

2015年 念願の初時代劇「駆け込み女と駆出し男」

〃   「日本のいちばん長い日」第39回日本アカデミー賞最優秀監督賞、優秀脚本賞を獲得

2018年 「検察側の罪人」

 

なぜ今「関ケ原」なのか?

25年前、司馬遼太郎作「関ケ原」の映画化熱望してことがあります。その時の心境は、単純に言えば、日本の歴史上、もっとも有名な「天下分け目の合戦」を日本巨匠達が描かなかった不思議への挑戦です。

主役は島左近でした。原作の第一主役石田三成でもなく、第二主役徳川家康でもなく、第三の男である雇われ武将島左近の、最後の戦場としての関ケ原に、強く惹かれたのです。

18年前、「関ケ原」を考えた時は司馬史観から離れ、通説の「裏切り者」である小早川秀秋が主役でした。

調べれば調べるほど、関ケ原にける最年少武将19歳の秀秋の決断は裏切りではなく、年月をかけた豊臣の権威への「復讐」に違いないと思うに至ったからです。「徳川史観」は無論、勝者に都合のよい歴史書であり、多くの作家たちの秀秋軽視論の背景には若さへの悔りがあるのではないか、とも思いました。その5年後。「ラスト サムライ」に出演することで大掛かりな合戦シーンを目の当たりにして、また新たな「関ケ原」の構想が沸きました。

人物相関図・主要登場人物・キャスト

人物相関図とキャストを演じる俳優は絶対押さえておきたい!

人物相関図。映画本編は展開が早い上に、字幕等を援用した説明もほとんどないので脇役陣については、誰が誰なのかわからなくなる可能性大です!是非予習を!!

f:id:hisatsugu79:20170830153214j:plainf:id:hisatsugu79:20170830153242j:plainf:id:hisatsugu79:20170830153257j:plain

主要登場人物

 

石田三成(岡田准一)
f:id:hisatsugu79:20170831124216j:plain

本作の主役。従来の「小賢しい小役人」的なイメージで描かれがちだった三成像が一新されました。誰もが利害関係で動いた戦国の世にありながら、一人不器用ながら「義」を重んじる生き方を貫いた新しい三成を演じました。(若干いい人過ぎたような気も・・・)「海賊とよばれた男」「追憶」など、重厚な人間ドラマでの起用が続き、ますますハクがついてきましたね。

 

徳川家康(役所広司)
f:id:hisatsugu79:20170831124234j:plain

原田組といえば、役所広司。これまで数々の原田監督作品で主演を務めてきましたが、今作では、特に相性の良さがばっちり生きた素晴らしい演技。老獪で狡猾、権力闘争に長けた古狸のような「悪役」としての家康像をきっちり演じています。風呂場で「今日の伽は誰にするかのうフフフ」と笑うシーンが個人的には一番好き(笑)

 

初芽(有村架純)
f:id:hisatsugu79:20170831124259j:plain

戦国歴史モノは女性成分がどうしても足りなくなる中、ヒロイン役の初芽は、原作の武家の「間者」という設定が変更されて、伊賀「忍び」としてフィールドでのアクションシーンもこなすアクティブな役柄に。ちょうどNHK連ドラ「ひよっこ」の役作りで増量中だったのか(?)、いつにも増してアップだと童顔が目立ち、忍者にしては可愛すぎるような感じはありました。

 

小早川秀秋(東出昌大)
f:id:hisatsugu79:20170831124322j:plain

「関ヶ原の戦い」では、合戦の帰趨を決定づけた重要人物として位置づけられる小早川秀秋。中途半端な裏切り者、頭の弱いお坊ちゃまキャラとして、大抵の物語中ではダメキャラとして描かれますが、今作では少し描かれ方が変わっていました。東出昌大といえば、キャラとの相性がハッキリ出てしまう棒気味の演技が特徴ですが、今回は映画「聖の青春」に引き続き、絶妙にフィットしていました。

 

島左近(平岳大)
f:id:hisatsugu79:20170831124311j:plain

最近ますます父・平幹二朗に似てきた感のある平岳大が、特殊メイクを施して猛将・島左近を演じました。眼光の鋭さ、立ち振舞いの威圧感が伝わる圧巻の風格。「真田丸」の武田勝頼に引き続き、素晴らしい演技でした。

 

映画『関ヶ原』のストーリーあらすじは?

小早川秀秋の寝返りの影響も大きく、たった6時間(日にちはまたがっていますが…)で決着がついたと言われている関が原の戦い。

そんな関が原の戦いを制した徳川家康率いる東軍ではなく、敗れ散った石田三成の視点で描いた映画『関ヶ原』。

きっと石田三成側から見た時に、『関ヶ原』にどんなドラマが隠されているのか、知らない人は多いと思います。

それは、戦いの時間が短かったことと、歴史の教科書や小説や映像作品など、

多数登場している割には、あっさり取り上げられて終わり

というパターンが多いことが影響しているのでしょう。

しかも『関ヶ原』の取り上げられ方が、どうしても勝者である徳川家康の目線です。

映画『関ヶ原』のように逆目線で取り上げられることは、もしかしたら初めてに近いことかもしれません。

それだけに、映画『関ヶ原』のストーリーあらすじは、やはり気になるところです

では、気になるストーリーあらすじを見ていきましょう。

 

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康という三英傑をはじめとする戦国武将たちが活躍していた戦国時代…。

関が原の戦いは、その乱世の幕切れを象徴する戦でした。

乱世に生きた石田三成(役:岡田准一)は、幼くして豊臣秀吉(役:滝藤賢一)に才能を買われ、小姓となって忠誠を誓います。

しかし、利害により天下を治める秀吉の行動に疑問を感じていたところもあって、

正義で世を変えよう

と考えながら石田三成は仕えていた…。

後に石田三成が大名となる頃、彼の生き様に共感して、猛将として名をはせながら、牢人として生きていた島左近(役:平岳大)が配下に加わります。

さらに伊賀の忍び・初芽(役:有村架純)も、『犬』として石田三成の配下に加わります。

左近がかつて言っていた

「天下悉く利に走るとき、ひとり逆しまに走るのは男として面白い」

という言葉通りに、正義のためのみに生きていく三成は、秀吉の体調が悪くなると、秀吉に代わり政治を司るように…。

しかし一方で、秀吉が体調を崩していることを良いことに、天下取りの野望抱いていた徳川家康(役:役所広司)が、

秀吉の不興を買っていた小早川秀秋(役:東出昌大)をはじめ、秀吉恩顧の武将たちを言葉巧みに丸め込もう

と企てます。

当然、三成はそんな家康を気に入らず、秀吉の天下を護ろうと日々奮迅していました。

そんな中、1598年8月、秀吉が逝去してしまいます。

さらに翌年3月、大老・前田利家(役:西岡德馬)も亡くなります。

ちょうどタイミング悪く、朝鮮出兵から戻ってきた、福島正則(役:音尾琢真)、加藤清正(役:松角洋平)をはじめとする、

三成に恨みを持つ『秀吉子飼いの七人党』

が、三成襲撃を企てます。

三成は、この襲撃からなんとか逃れたものの、逃げた先が家康の屋敷と最悪!!

その結果、佐和山城に蟄居(外出しないこと)が命じられ、ますます家康の勢力が増していくのです。

このままでは、完全に豊臣の天下が家康に乗っ取られてしまうと危惧していた三成でしたが、1600年6月、あるチャンスが三成に訪れるのです。

上杉家が軍事力を増強したことに腹を立てた家康は、弁明を求め上洛を命じます。

しかし、家康も上杉家も豊臣秀忠の家臣同士(家康も秀忠の家臣で上杉家とは対等の立場)であるため

弁明の必要なしと、上杉家は直江状(家臣・直江兼続がしたためた書状)を提出。

家康の上洛の命を拒みます。

その結果、家康は上杉討伐に動き始めるのです。

その頃、直江兼続(役:松山ケンイチ)と内通していた石田三成に、この事実が伝わり、上杉家と共に挟み撃ちして家康撃破を企てるのです。

当然、三成一人で動くには心細く、盟友・大谷刑部(役:大場泰正)も抱え込み、毛利輝元を総大将に就任させ挙兵します。

しかし、家康はこの挟み撃ちの企てを察知し、上杉討伐を中断…。

このことで両者が完全に衝突し、三成率いる西軍と、家康率いる東軍が1600年9月15日に関が原の地で決戦を迎えるのです。

果たして、三成の掲げる『愛』『正義』が勝つのか。

それとも家康の願う『覇権(野望)』が勝るのか…。

遂に、戦いの火蓋が切られます…。

 

以上が、映画『関ヶ原』のストーリーあらすじとなっています。

 

 

「関ヶ原」をより深く理解するためのポイント

 

①映画のナレーション(語り手)は誰をイメージしているのか

映画の冒頭のナレーションは、映画「関ヶ原」の原作者である司馬遼太郎が、実際に小説「関ヶ原」上巻の語りだしで書いた一節そのものです。小説の地の文に、作者の感想をたんたんと書き綴るのは司馬遼太郎作品の特徴です。

「いま、関ヶ原という、とほうもない人間喜劇もしくは「悲劇」をかくにあたって、どこから手をつけてよいものか、ぼんやり苦慮していると、私の少年のころのこういう情景が、昼寝の夢のようにうかびあがった。ヘンリー・ミラーは、「いま君はなにか思っている。その思いついたところから書き出すとよい」

三成と秀吉の場面に切り替わる前、寺で老人と話す少年のシーンがありましたが、この少年は司馬遼太郎を表していたのですね。

②三成と秀吉の出会いのエピソード「三献の茶」とは?

映画冒頭で、秀吉39歳、三成15歳の時、鷹狩の帰りに観音寺を訪れ、茶を所望した秀吉に対して、三成は「一杯目はぬるい茶をたっぷり、二杯目は少し熱い茶を半分くらい、三杯目は熱い茶を少しだけ」献上しました。

三成の利発さと気配りに感服した秀吉は、その場で三成を侍に取り立てたとされます。三成と秀吉に纏わるこのエピソードを、通称「三献の茶」といいます。これを記載した歴史資料がいずれも江戸期のものであるから、後世の創作という分析もありますね。

③島左近と柳生一族の関係性は?

映画内で島左近と柳生石舟斎が雨が降る中、粗末な草庵で対面するシーンがありました。彼らは、元々筒井家に仕えた大和国の同士であり、両家は家族ぐるみで付き合いがありました。例えば、島左近の娘は柳生利厳と結婚しています。

このシーンでは、島左近が石田三成についた報告をしたことで、柳生石舟斎は二人の息子を徳川家へ仕えさせる決心を固めます。最終的に息子の一人、4男宗章は小早川秀秋へ仕えることになりました。

これは、同じ主君に仕えた同士や、親兄弟が東西陣営に分かれて戦った戦国時代を象徴するようなエピソードでしたね。

 

④初芽、蛇白、赤耳のそれぞれの人物詳細は?

映画中では、戦国時代の諜報機関として重宝された「伊賀忍者」が大きくクローズアップされました。本作で、特に描かれた初芽、蛇白、赤耳はすべて架空の創作キャラですが、それぞれの出自や顛末をまとめておきますね。

 

初芽
父亡き後、諸地域を流浪した後、母、姉と3人で最上家へ仕える。東国一の美女と名高かった駒姫が、当時の関白だった豊臣秀次の側室になる直前に秀次が失脚。連座して処刑された六条河原で立ち回りを演じ、その時三成に拾われる。三成に恋心を抱く中、使いに出た越前敦賀の大谷家からの帰りに、赤耳たちに襲われる。

 

蛇白

女忍者として家康に仕える。茶道や政治にも長け、家康に見初められた結果、「阿茶」という名前を賜る。関が原の戦いでは伝令役を務めたが、家康を暗殺しようとした赤耳と戦う中、後ろから赤耳と一緒に家康に斬り殺された。

 

赤耳
一里先の会話も聞き取れるという特技を持ち、越後の上杉家に仕えていた。老齢になり寒さが応えるため、上京。京で家康に仕えた後、蛇白との一件に懲りて、反家康陣営である石田家に仕えることになった。最後は家康を暗殺しようとするが、蛇白に阻まれる。

 

④初芽はストーリー後半、何をしていたのか?

1599年、越前敦賀の大谷吉継への密使として面会を終えた後、初芽は、蛇白の命で山伏の一行に扮した赤耳に襲撃されます。顔と足を斬られ重傷を負った初芽は、その後奴婢として売られます。1600年9月14日には琵琶湖畔から移動する道中で、逃亡に成功しますが、合戦の現場には間に合わず、関が原では三成に会えませんでした。結局、初芽が三成と対面できたのは、初芽の傷が癒えたラストシーンとなります。

 

⑥小早川秀秋の裏切りのシーンはどう解釈したらいいのか?彼は本当に裏切ったのか?

本作で、開戦後3時間を過ぎてもどう動くか悩んでいた小早川秀秋は、島信勝(島左近の息子)が決死の思いで出陣要請に来た時、部下たちに「三成に味方するんじゃー」と騒ぎましたが、部下たちは秀秋を無視し、勝手に大谷吉継へと襲いかかってしまいました。つまり、彼自身は最後の最後で三成の説得に心動かされ、西軍として動こうと決断したが、配下がついてこなかったという描写なのでしょう。

史実でも、秀秋の筆頭家老、稲葉正成と平岡頼勝は東軍と通じており、開戦と同時に裏切る密約も部下主導で進んでいたこともあるので、映画で描かれた「なし崩し的な裏切り」シナリオはあり得たかもしれません。

 

⑦島津義弘はなぜ合戦中動こうとしなかったのか

映画内では、合戦が始まってからも島津軍は一切陣地を動こうとせず、三成が直接出向いての出陣要請にも一切応えようとしませんでした。

映画内では、前日の作戦会議で、島津義弘は家康本陣への奇襲攻撃を三成に提言しますが、三成は頭ごなしに否定します。島津はこれを不服として、機嫌を損ねたと解釈出来るシーンがありました。それ以外の歴史資料によると、本当は前哨戦で東軍として伏見城へ入城しようとした所、徳川家康の部下、鳥居元忠から入城を拒否され、行き場がなくなったため消極的に西軍についたのだ、という説もありますね。

 

⑧大一大万大吉とは?

「一人が万民のために、万民が一人のために尽くせば、天下の人々は幸福になれる」という意味です。大義のために私欲を捨てて生き抜いた三成の人柄をよく表すスローガンだと思います。映画内では、1598年の秀次事件の後、三成自ら旗印の図案を考案しているシーンがありました。なお、このデザインはあくまで「旗印」であり、「家紋」ではありません。

 

⑨ラストシーンの解釈は?なぜ三成は自害せず、処刑されたのか

関が原の戦い後、三成は一人戦場を離脱し、近くの農夫に匿われました。三成は、その後自首して最後は六条河原で処刑されました。大谷吉継は、戦場で自害して果てましたが、三成は最後まで生きようとしました。なぜ、彼は最後まで生きることに執着したのでしょうか。

この解釈として、原作では「最後まであきらめず生の機会を伺い、チャンスを貪欲に待つ」とされてましたが、本作では、「死ぬまでに、最後に見届けたい大切な人に会うため」とされています。

その大切な人とは、徳川家康、小早川秀秋、そして彼の想い人、初芽でした。家康とは無言の対面を済ませ、秀秋を許し、そして最後に「大一大万大吉」とつぶやく初芽と出会えたことで、彼は今生に未練がなくなり、最後まで姿勢を正したまま死んでいけたのでしょうね。

 

⑩石田三成やその親族はその後どうなったのか?

石田三成は六条河原で処刑されて死亡しました。また、彼の父・兄と妻や側近たちは、1600年9月18日に佐和山城が陥落した際、城と運命をともにしています。しかし、劇中で北政所が「三成の血は残したほうがええ」とつぶやいたように、史実でも三成の5人の子どもたちは処刑されていません。僧侶になった者、名前を変えて別の大名に仕えた者など、様々な顛末が知られています。

それどころか、紆余曲折を経て、次女の孫(三成の曾孫)が徳川家光の側室となり、家光の長女千代姫を産むなど、わずか数十年後には、三成の天敵、徳川家に石田家の血が入っているのです!

 

⑪描写が省略された「関ヶ原の戦い」の主要イベントとは?

本作は、忍者や逸話・トリビアに時間を割きすぎたため、「関ヶ原の戦い」での一連のイベントのいくつかが、バッサリ省略されています。正直なところ、「えっ?これも省略するの?」というくらい、前後のストーリーをつなぎ、歴史上節目とされるイベントまで切られていました。そこで、ここでは以下、本作で描写が省略された主要イベントをいくつか列挙してみます。

「直江状」
秀吉没後、家康への恭順の意を示さず、反抗的だった上杉家を再三問いただした家康に対して、上杉景勝の家臣、直江兼続が家康へ送った返答の書状。この書状を読んだ家康は怒り、会津征伐を決意したと言われている。

「小山評定」

京都・伏見での三成挙兵の一報を受けた家康が、会津征伐を続行するか、京へ引き返すか決めるため、諸将を集めて開催した会議。歴史を決定づけた意思決定として見逃せないイベント。
「伏見城の戦い」
三成挙兵後、初戦となった戦い。家康の忠臣、鳥居元忠率いる守備兵1800に対して西軍が宇喜多・小早川ら40000の圧倒的兵力で取り囲み、焼き討ちにした上落城させた。この戦いの最中、島津義弘が鳥居元忠に加勢しようとして拒否され、これにより最初東軍に付く予定だった島津は西軍に加わることになったとされる。

「島津の退き口」
関ヶ原の戦いで動かなかった島津氏だが、戦いが終わり、逃げ場がなくなったため、東軍のど真ん中を、捨て身で正面突破して戦線離脱した。1500人いた将兵は、領国薩摩へと帰着したとき、わずか80名程度に減っていたという。なお、井伊直政はこの時受けた重傷が癒え切らず、1602年に死亡したとされる。

このあたりは、関が原の戦いの屈指の「見どころ」でもあり、ストーリーのターニングポイントでもあるため、一瞬でもいいので描いてほしかったかなと思います。

 

日本語字幕付き上映をしている映画館

日本語字幕付きで観ることをお薦めします!!

 

神奈川県内

9/2(土)~9/8(金) 立川シネマシティ

9/9(土)~9/12(火) TOHOシネマズ新宿

9/9(土)~9/12(火) TOHOシネマズ錦糸町

9/9(土)~9/12(火) TOHOシネマズ西新井

9/9(土)~9/12(火) TOHOシネマズららぽーと横浜

9/9(土)~9/12(火) TOHO横浜ブルク13

9/9(土)~9/12(火) TOHOシネマズ川崎

9/9(土)~9/22(金) TOHO川崎チネチッタ

9/9(土)~9/12(火) TOHOシネマズ海老名

他の地域はこちらからTOHOシアターリスト

まとめ

前回みた時の敗北感をリベンジするため臨んた2回めの映画「関ケ原」

ポイントは

1,日本語字幕版をみる!

2,原作と映画は別物!と思い込んで観てみる!

3,公式サイトをしっかり確認する